貴景勝(相撲)父の評判は良くない?父が何の仕事してるか調査!

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芦屋の暴れん坊のニックネームで親しまれ、日本人力士で最速の大関昇進を果した貴景勝関は、次の日本人横綱候補と言われ注目されています。

貴景勝関の大関昇進披露の時に貴景勝関の父がご祝儀の件で騒がれ、出過ぎとの評判が出てしまいました。貴景勝関の父の評判はどの様なものなのでしょうか?また、貴景勝関の父の仕事についても調査しましたので紹介したいと思います。

貴景勝(相撲)の父の評判は良くない?出過ぎと言われる騒動とは?

2019年5月27日に貴景勝関の大関昇進が決定し、昇進伝達式では「謹んでお受け致します。大関の名に恥じぬよう、武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず、相撲道に精進して参ります。本日は誠に有難うございました」と口上を述べました。

貴景勝関の大関昇進披露パーティーは東京・品川のグランドプリンスホテル新高輪で開かれ、八角理事長や芝田山広報部長、協会幹部、親方衆、後援者、両親、埼玉栄高の山田道紀監督など2000人以上がご祝儀を持って祝福に駆けつけました。

この貴景勝関にとっては晴れの舞台が、一部の週刊誌で報じられたご祝儀騒動の舞台となってしまったのです。

貴景勝関の父は「私が祝儀を強奪したという記事は読みましたが、全くのデマです。そもそも会場のホテルと契約したのは私で、それを祝儀から支払っただけ。私は親方と打ち合わせした約束通りにやっただけです。詳しい事は親方に聞いてください。私からそれ以上のことは答えるつもりはありません」と話し、千賀ノ浦親方は「今回の事は何もコメントするつもりはないので。どこにもお答えしていません。お金が絡む事だし」と答えたのみで、この騒動は裁判沙汰になっている訳でもありません。

ただ、今回のご祝儀騒動では、貴景勝関の父の言動が問題になっているようです。「息子がお世話になっている部屋の女将さんを金に汚いと言った」「会場でご祝儀の計算の途中で帰ってしまった親方に対して失礼な奴呼ばわりをした」「後援会の方々にきちんと挨拶をしなかった」など相撲関係者からは評判が悪いようです。

ネット上でも「親方とお父さんでお金の話は解決してたから、親方は先に帰った。その後、お父さんは、ホテル代を払った。残りを貴景勝に振り込み、貴景勝が親方に払った。こちらの社会だと正しい手順。全部、取っちゃう親方もいるからね。これがもし事実なら、オヤジがメディアに対してペラペラ喋りすぎなのが一番悪いね」「前々からメディアに出過ぎとは思ってたけど、広範囲に迷惑。必要以上にメディア、特に週刊誌等に出ても何の得もない」「親方と弟子の信頼関係に成り立ってるのに大関の親が出たらいけない。貴景勝光信は千賀ノ浦の弟子だし大関になれたのは千賀ノ浦がいたから。一番困るの貴景勝、行き場がなくなる」と相撲ファンの間でも父の出過ぎた言動が評判を悪くしているようです。

貴景勝(相撲)の父はどの様な人?仕事は何をしているの?

貴景勝関の父・佐藤一哉さんの仕事は、貴景勝関の話しだとバブルがはじけた後に経営難となり不動産・カラオケ、所有していた芦屋市にある会社名義の3階建てビルも差し押さえられてしまった事があった為、現在は保育園の経営をされているとの事です。

また、父・佐藤一哉さんは武富士で働いていた時に、最年少で支店長になった事もあり、貴景勝関が習っていた極真空手関西本部所属の空手の先生でもあります。ですが「貴景勝関が空手をやめた時に、自分もやめてしまった」と父・佐藤一哉さんは話されています。

父・佐藤一哉さんの教育方針は「投げ出したら、指導をやめるつもりでした。ただ、やると言って頑張っている以上は、親が伸ばしてやらないといけませんからね」と話し「3歳までは、何をしても怒らなかった。その年齢を過ぎると、物のよし悪しが分かる様になるので、悪い事をした時は怒りました。相撲をやるからには、目指したのは当然全国1位。小5か小6の時、格下相手に不甲斐ない相撲を取った。それで、牛丼屋の駐車場だったと思いますが、鉄拳を見舞いました。でも、厳しく育てるのと虐待とは全く違います。息子が良い事をした時は、しっかり褒めてきましたから」と語っています。

関西奄美相撲連盟教室の山口会長は父・佐藤一哉さんについて「貴信少年が口から泡を吹き足を痙攣させていても行かんかいと叱りつけていた」と話すほど厳しかったそうです。ぶつかり稽古は毎日2時間、四つ足歩行で家の階段の上り下り、坂道でのダッシュの繰り返しなどのトレーニング内容から、地元の芦屋では奇人扱いされる事もあったそうです。貴景勝関も父・佐藤一哉さんの事を「普段は優しかったけど、相撲の事になると怖かった」と話されています。

貴景勝(相撲)の美人と評判の母はどの様な人?親子のエピソードも紹介!

貴景勝関の母の名前は佐藤純子さんで、自身の手記によると「私は何も特技が無いから普通に大学に行って働いた」と書かれている様に会社の事務員をされていました。阪神淡路大震災をきっかけに、父・佐藤一哉さんと結婚した後は専業主婦のようです。

母・佐藤純子さんがメディアに顔出しした時はネット上でも「女優顔負けの美人」「さすが芦屋の奥様」と話題になり、テレビでは安藤優子キャスターが「俗っぽい言い方で申し訳ないんですが、余りにもお母様がお美しい方でびっくりしちゃったんです」と話すと、父・佐藤一哉さんは「良く言われますけどね」と答えていました。

父と息子・貴景勝関が毎日稽古に励む中「私は本当にサポート。食事や精神面のフォローをしていました」と話し「本当は心配で最後まで力士になる事に反対していた。貴乃花部屋に入った時、腹をくくりました」とも話されています。

相撲に転向した貴景勝関は、当時は体が細く、相撲クラブの仲間から「あんな体で何が出来る」と笑われ、「あの頭一つ分身長が低いのが貴景勝関」と相撲中継で紹介されると「私の家系が小さかったから似たのかな?」と思っていたそうです。母・佐藤純子さんは貴景勝関の体作りを支える為に、牛乳を1日2リットル飲ませたり、毎日お肉を1kg買い、トマト・チーズ・キムチなど味を変えたちゃんこ鍋を作っていたそうです。毎日1kgのお肉を買うのでスーパーの店員から「ライオンの子でも飼っているんですか?」と聞かれた事もあったようです。食費は毎月30万円くらいかかっていたと母・佐藤純子さんは話しています。母・佐藤純子さんは貴景勝関が入門してからもLINEや電話でやりとりをし精神的なサポートもしていました。貴景勝と髙安、共に相星の2敗で迎えた千秋楽では「明日は勝つから。みてて」「楽しませてくれてありがとう」「育ててきてくれてありがとう」「死ぬんか(笑)生まれてきてくれてありがとうですよ」と言うLINEのやり取りがありました。母・佐藤純子さんは本場所の応援に行く時は「朝から並んで(自由席のチケットを)買っています。私はウロチョロしたい方なので。やはり相撲の時は見ていられなくなる。それに見ていない方が勝つことが多いんです」と話しています。

大関昇進伝達式で貴景勝関の晴れ姿を見届けた母・佐藤純子さんは「家を離れる15歳の時は反抗期で喧嘩が多かった。いつの間にこんなにしっかりしたのかな。立派に育ってくれた。私の子供が大関に大関になるとは夢にも思っていなかった。夢の中の映像のよう」と語りました。大関昇進を決めた貴景勝関ですが、実家に帰ると昔のワガママな子供に戻り、母・佐藤純子さんをあごで使うそうです。

貴景勝(相撲)の実家はお金持ち?東大を目指していたって本当?

貴景勝関の出身地である芦屋市は、多くの著名人も住む高級住宅街として有名な地域ですが、実家はお金持ち?と言う問いに貴景勝関は「芦屋と言っても、色々ありますから」と答えています。

また、貴景勝関と横綱の稀勢の里が生まれた病院は同じで「嬉しいですね。横綱と同じ病院で!」とも話しています。

貴景勝関の実家がお金持ちエピソードとしては、小学校4年から6年生まで芦屋から東京の貴乃花部屋まで稽古に通っていた、「自宅の離れに20mくらいの廊下があって、そこでぶつかり稽古をしていたんですけど」と話していた、月の食費は30万円、ドーベルマンを2匹飼っていた、2歳から中学1年生まで90坪もある家に住んでいたなどから裕福である事は間違いなさそうです。

また、貴景勝関は幼稚園の時から7つの塾に通い、医者や弁護士の子供が多く通う私立の超進学校・仁川学院小学校に合格しています。貴景勝関の父は「近所に灘中があるので、灘高、東大に行かそうと思って勉強はかなりさせました。家内が教えていて、毎晩深夜1時頃までやっていましたね」と話している様に、貴景勝関は小学校2年生の時に全国模試で3位に入った事があるそうです。東大医学部に進学した小学校の同級生は「貴信の方が頭が良かった」とも話しています。

貴景勝(相撲)の名前の由来が素晴らしい!貴景勝の幼少時代から高校までを紹介!

一人っ子の貴景勝関の本名は佐藤「貴信」で、名前の由来は父が大ファンだった横綱・貴乃花から貴の字を貰い、「男に生まれたからには、天下を取らないと駄目だぞ」と言う願いを込めて武田信玄・上杉謙信・織田信長の一字から信を貰い貴信と名付けました。

幼少時代をK-1ブームの中で過ごした貴景勝関は、ジェロム・レ・バンナやボブ・サップなどの試合を良く観戦しており、大変やんちゃで暴れん坊だったらしいですが、性格はとても素直で優しい子だったと父が話しています。

貴景勝関は、5歳から仁川学院小学校3年生まで父のもとで週に3回極真空手を習い、全国大会の決勝で受けた判定で準優勝になっています。この時の判定に貴景勝関は「おかしい判定で負けにされた。判定がある競技はやりたくないと思った」と納得がいかず、父が「身体能力、闘争心などを考えると、いい大学に入れるだけではもったいない。極真空手はやめよう。判定の無い格闘技をやろう」と提案し相撲に転向しました。

3年生からは地元の道場・関西奄美相撲連盟に週4回通い始め、全国わんぱく相撲で4年生3位、5年生2位、6年生3位の成績を収めています。仁川学院小学校の恩師・前川和裕先生は「校庭の砂場で相撲を取った事もあったが、4年生の時点でかなわなくなった。勝負事への執着心は昔から群を抜いていた」と語っています。小学5年生の時からは、春日野部屋の大阪場所宿舎・名古屋場所宿舎に出入りし、栃ノ心や栃煌山に喋りかけていたそうです。また、貴景勝関は今でも母校を訪れており、2017年6月には仁川学院小学校で特別授業を行っています。

相撲の強豪校・報徳学園中学校に進学した貴景勝関は、3年生の時に全国中学生相撲選手権大会で優勝し中学生横綱のタイトルを獲得しました。中学卒業後に大相撲に入るか高校進学かで悩んでいた時、埼玉栄高校の相撲部・山田道紀監督から「プロで活躍したいのなら、栄に来なさい」とスカウトされて高校進学を選びました。

埼玉栄高校の普通科アスリートコースに特待生として入学した貴景勝関は、山田道紀監督のもと、関東高等学校相撲選手権大会無差別級2連覇、全日本ジュニア相撲選手権大会無差別級2連覇、高校全国大会7タイトル獲得、十和田大会2位、弘前大会優勝、金沢大会優勝、世界ジュニア相撲選手権大会無差別級優勝という凄い成績を収めています。

山田道紀監督は貴景勝関の事を「相撲に関しては最初から手がかからなかった」と話しています。高校卒業後は、貴乃花部屋へ入門しました。また、貴景勝関は中央大学か日本大学の通信教育課程に進学したと噂されていますが、確証はありません。

貴景勝(相撲)が入門したきっかけは?父が大ファンだった元師匠との出会いとは?

貴景勝関が貴乃花部屋に入門したきっかけは、貴景勝関の父が横綱・貴乃花の大ファンだった為、貴景勝関が小学校4年生の時に父と共に夏休みに東京に行き、貴乃花部屋キッズクラブの相撲教室に参加した事です。

相撲教室に参加した貴景勝関を見た貴乃花親方が土俵で自らぶつかり稽古をさせてくれ、その後に「四股を踏んでみろ!」と言われた貴景勝関は四股を踏み続けました。貴乃花親方に「四股が素晴らしいし気持ちも強い。この子は絶対に強くなりますよ」と褒められた事に貴景勝関親子は、稽古に一生懸命取り組んできた事を喜び感激したそうです。貴景勝関は「その時、親方に凄く褒められて意識が変わった。家へ帰ってから、練習や稽古を頑張って行こう!という原動力になった。いつか、相撲界に入る時は貴乃花部屋に入ろう」と心に決めたそうです。その後も貴景勝関は小学校4年生から6年生まで芦屋から東京の貴乃花部屋のキッズクラブまで、稽古に通っていました。

貴乃花親方の相撲協会退職に伴い、千賀ノ浦部屋に移籍することになった貴景勝関は「色々考えましたけど、自分は相撲を頑張る事しか出来ない。小さい頃から、貴乃花親方についていくと思ってこの世界に入った。でもそれは、これからも自分の心の中で思っていればいいこと。今まで指導して頂いたこと全部を思い出しながら実践してやっていくだけ。新しい部屋(千賀ノ浦部屋)になるからには、向こうの部屋の方針に対応していかないといけない。でも心の中では、貴乃花親方の根本的な教えを忘れず、しっかりと自分の幹として叩き込んでいかないといけないと思います」とコメントしています。

また、女将を務めていた河野景子さんに可愛がられていた貴景勝関が「にんにくの素揚げがもう食べることができない」と言った事に対して、貴乃花部屋消滅後も河野景子さんが送ってきてくれているそうです。

貴景勝(相撲)のプロフィール

名前貴景勝光信(たかけいしょう みつのぶ)
本名 佐藤 貴信(さとうたかのぶ)
生年月日1996年8月5日
出身地兵庫県芦屋市
学歴報徳学園中学校
埼玉栄高校卒業
身長175cm
体重170kg
趣味睡眠
座右の銘臥薪嘗胆(がしんしょうたん)
所属千賀ノ浦部屋 東大関

2014年 貴乃花部屋に入門し、9月場所で本名・佐藤 貴信を四股名にして初土俵、序ノ口優勝:1回(2014年11月場所)

2015年 序二段優勝:1回(2015年1月場所)

貴乃花部屋では午後9時が消灯であり、日の出前から稽古を行うので、貴景勝関は夜に出掛けることは極めて少なかったそうです。また、栄養学に詳しい父の影響で、貴景勝関は入門後も身体作りの為に栄養学を学び「亜鉛とかアルギニンとかは筋肉に影響する。あと植物性タンパク質は女性ホルモンが出るので注意してます。納豆は食べ過ぎると女性ホルモンが出るので食べ過ぎないようにしています」と話しています。

2016年 新十両 幕下優勝:1回(2016年3月場所)、十両優勝(2016年11月場所)

2017年 新入幕

新入幕を確実にした貴景勝関は「素直に嬉しいです。まずは本割の一番に勝たないといけないという気持ちでした。もう一番やるつもりでやっていたのが、気が抜けたというかびっくりしました。徐々に喜びが湧いてきました」と優勝のコメントをしています。場所後には、新入幕と同時に本名だった四股名を、貴乃花親方と本名の貴信から「貴」貴乃花親方が好きな武将、上杉謙信の後を継いだ上杉景勝にちなみ「貴景勝光信」へ改名しました。

敢闘賞受賞、殊勲賞受賞2回

殊勲賞を受賞し、2018年1月場所での三役昇進を確定的なものとした貴景勝関は「かっこ悪いところを見せないように、頑張りました。実力がないので、気持ちでいくしか自分にはないので、集中して何も考えずに無心でいったのが良かった。上位陣にも無心でいきました、自分が緊張する必要はないので胸を借りる気持ちでいくだけです。実力と自分の相撲をもっと磨いてから。結果は後からなので、とにかくもっと強くなりたいです」と話しています。

2018年 新小結

2018年10月、師匠貴乃花の日本相撲協会退職に伴い貴乃花部屋が消滅した為、元小結・隆三杉が師匠を務める千賀ノ浦部屋に移籍しました。

2018年 11月場所幕内優勝 殊勲賞・敢闘賞受賞

2019年1月 新関脇  5月場所 新大関

初土俵から所要28場所での大関昇進は、日本人力士としては史上1位、全体でも史上6位のスピード記録です。元師匠の貴乃花は会見で「貴景勝が大関に上がってくれたっていう事が私の何よりの喜びで、今日からまた再出場するものですから。直接は教える事が出来ないんですけれども、生き様というか、生きようを今場所残りの相撲でどれだけ教えてくれるかという期待感と、まだ上がありますので目指して欲しい」と述べています。

2019年9月  関脇陥落  11月 大関復帰

大関特例復帰を史上最速で果しました。技能賞2回

2020年 3月場所は1982年1月場所以来38年2ヶ月ぶりの「一人大関」として迎える事となりました。

貴景勝(相撲)父の評判は良くない?父が何の仕事してるか調査!まとめ

貴景勝関の大関昇進披露パーティーでの父・佐藤一哉さんの言動は、相撲関係者や相撲ファンの間でも父の出過ぎた言動が評判を悪くしているようです。また、父・佐藤一哉さんの仕事は、現在は保育園の経営をされているとの事です。

貴景勝関は稀勢の里以来の日本人横綱になれると期待されていますので、怪我には充分注意をして頑張って欲しいと思っています。

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